いつかは介護・5分の3の記録

脳梗塞で倒れた家族の介護日記でしたが、死生観なども綴ります。

希 望

死にたい死にたいとつぶやく言葉

飛び込む耳に “死にたい”の型が形成される


死にたいほど死にたいわけじゃない

思い通りにならないなら死にたいと

そう言ってる


この先の話



“思い通りにならない”

かなわない望み

その言葉のほうが重いのに

軽くオーバーフローして




密度の高い“死にたい”だけが

まるで金塊のように大事に残される







未来ってなんだったかな

夢ってどこへいったかな


ゴールに近くなったときの閉塞感

共感できるひとはいるのかな






それでも身体は生きたいと

右手を動かす


そして左側の脳で

あの言葉を生産し続ける




 

それが今の希望


死にたいという  許されたひとつの光







(しばらく前の話なので、今はそれさえ感じられないようです)