お引越し
転院はいつも急にやってくる。
受け入れ先の病院に空きがでた瞬間に、電話は鳴る。
「明日、午後から転院に決まりました。」
お勤めの人、どうするんだろう?転院には家族の付き添いが必要となるというのに。
その日もタイトなスケジュールではあったが、なんとか時間はとれそうだった。
わかりました、と返事をして電話を切る。
ストレッチャーか車椅子かで呼ぶ介護タクシーの車種が変わるため、病院の方で手配してくださることになった。
なんだかわからないが、とても親切でスムーズであることに感謝している。
さて、指定の時間に病院へ行くと、 病室では義父がストレッチャーに寝ていた。
どうやら車椅子では無理だったようだ。
看護師さんたちが、口々に声をかけてくださるのだが、なぜか義父は泣くような声をあげていたのだ。
本人は耳が聞こえないため、遠慮のないボリュームである。
「先に出発してくださいね」
と促されたので、あとの事はわからない。
ベルトで固定されているのは車内の揺れ防止のためなのだが、縛られた姿で泣き声をあげながら院内を移動していくシーンは異様だったのではないだろうかと懸念され…
仕方のないことである。
リハビリ病院に着き、個室にはいることになった。
個室とはいえそんなに広いスペースではない。現に付き添いが泊まれるスペースはない。
「狭いな」
とひとこと言う義父。
そういえばもう泣くこともなく、すっかり落ち着いていた。
前日にでも引っ越すことを伝えておけば泣き叫ばなくとも良かったのかもしれない。
アフターカーニバルである。
さっそくリハビリが始まる。
リハビリの先生に説明を受ける。
「思ったより悪くなってないですね。」
いや確実に悪いような気はするが。
「二度めの梗塞だったから、もっと動けないかと思ってたんですよ。」
車椅子は無理だが、確かに右側も動くようになり、ベッドに起こされて自分でまた食べられるようにはなっている。
元来畑仕事で鍛えてあるので、腕などはしっかり力がある。
暴れる力も泣く力も、ある。
もしかしたら救急病院で夜中に騒いだのは、それまで毎日あったリハビリがなくなって昼夜の区別がつかなくなったからなのかもしれない。
パワーがありあまっていたようだ。
「これからリハビリを続けると、夜もグッスリ眠れて、大部屋に変われるかもしれませんね。」
もしそうなれば、ありがたいことである。
きっとそのほうが、人の出入りがあって刺激になり、義父も寂しくないだろう。
元気なときからそうなのだが、どこへ行っても愛想が良く、誰からも愛される人である。
こんな状態になっても発揮される力。
人間の底力ってすごいなと感心する。
個室にいる間は寂しいだろうから、少し病院にいる時間を増やそうと思う。