食 欲
「おたくのお父さんだけですよ。
ここの食事を美味しい、美味しいと言って食べてくださるのは。」
そう施設の方から聞いた。
元気な時から大食漢で、味の好みはあるものの、なんでも美味しそうに食べていた。
外食が好き、特にトンカツや味の濃いものが好きだった。
施設では嚥下のために、流動食にとろみをつけたものを3食。動く右手でスプーンを持ち、きれいに食べ尽くす。
ドロリとした液体を飲み込むだけなので消化は早いだろう。
施設で出るものだから当然薄味でカロリーもそれほど高くないと思うが、この3度の食事がなによりの楽しみらしい。
あるとき
「食事って増やすことはできますか?
」
と聞いてみた。
お見舞いにいくといつも「腹減った」と呪文のように繰り返すからだ。
プリンやヨーグルトなどを食べさせることはできるのだが、あまりお腹の足しにはならないであろう。
「大盛りですか?できますよ。主治医に確認してみます。」
少し粒のあるおかゆにしてもらうこともできたのかもしれない。
そんなほのぼのとした矢先のことだった。