いつかは介護・5分の3の記録

脳梗塞で倒れた家族の介護日記でしたが、死生観なども綴ります。

てんぷていしぉん

破れかけた箱から誘惑の香り

僕らはそれに惹きよせられる

甘い甘いドーナッツがいなくなって

お砂糖やクリーム、チョコレートのしみこんだ箱



それを手にいれた時のこと

きみは憶えているだろうか

やわらかでほんのりあたたかい

たっぷりと楽しみの詰まった箱を



いつかドーナッツは最後のひとつで

奪い取ろうと手を伸ばすと

あのしあわせはパラフィン紙のように

その手をすり抜けて

足もとに落ちたことすら気がつかない




いつでもそこに箱はあり

残滓のお砂糖やチョコレートが

あの頃の甘い匂いを漂わせてる





もう中身はないって知ってるんだ

何度も何度も何度でも

箱を開けてみているんだ

なのに

それがわからなくて

それがわからないまま

甘い匂いに引き寄せられて

僕らはまた

破れかけた箱を愛おしそうに眺めている



甘い甘い誘惑

重ねた時のひとつを掛け違えれば

二度と戻れない

魔法のループの出来上がり





今日も箱は甘い匂いに包まれて

僕らの思い出に軽く爪を立てる

見えない未来の時計を

アバウトに仕掛けながら

あたたかいドーナッツがまた

詰め込まれる日が来るかのように

僕らを眺めてる

淡い期待と失望が先を競いあって

無限の時が流れてく




そして僕らは

またその箱を開けるんだろう

何度も何度も何度でも



きみの嬉しそうな顔と

そのあとの言葉を

もう一度噛みしめたくて



幻じゃなかったと

もう一度確かめたくて












認知症って こういうことなんです